『パウロキリストの使徒』から学ぶ命がけの「文学」と「8の感想」

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機内エンターテイメントで、
『パウロキリストの使徒』という映画を
視聴した。

僕はキリスト教徒ではなく、
クリスマスだけちゃっかり
イベント乗りしたり、

結婚式の時だけ、
協会で誓ったりという、

大多数の日本人と同じ
「神」への信仰レベルでしか無いが。

「旧約聖書」と「新約聖書」は、
「文学のバイブル」として、
手元に置いている。

なぜなら、
一体誰が記したのか分からないが、
「旧約聖書」「新約聖書」「ギリシャ神話」
という3つの人が記し「物語」が。

今日僕たちが生きる
世の中の全て、
神、国、法、学校、法人・・・
の基礎概念を
構成しているといっても
過言ではなく。

「神」の存在を
信じようが信じまいが、
人類にとっての「バイブル」で
あることは変わりないからだ。

その内「新約聖書」の
中に出てくるキーマンの一人である、
パウロが主役の映画ということで、
視聴させて頂いたのだが。

『パウロキリストの使徒』は、
「新約聖書」の
「ルカによる福音書」「使徒行伝」の著者
とされるルカと、

「新約聖書」の中で度々登場する
キリスト教のキーパーソン
パウロのやり取りがメインの物語だった。

パウロは終始、
ローマ帝国の牢屋の中に
捉えられたままで、
一歩も外に出れない・・・
最後に処刑されてしまうという状況。

元キリスト教徒を
女性や子供含めて、
迫害、殺戮しまくっていたパウロが、

イエスに直接出会ったことがキッカケで改宗し、
後にキリスト教の最も強力で
重要な人物の一人となるわけであるが。

そのパウロの過去の次第を、
ルカが牢屋の中に入っているパウロと
様々な手を尽くして接触し、
ヒアリングして文書化して行く
だけの物語。

しかし、
たった一人の人間の
体験談を書き記しすだけのことを、
ルカを始めとする多くのキリスト教徒たちが
命がけで行っている姿に。

「文学少年」の端くれである僕としては、
深い感銘を受けてしまった。

最後、
パウロは処刑されてしまうが、

同時にパウロの半生をつづった、
「文書」が複写されて
広まっていくシーンには、
熱いものが込み上げてきた。

◯簡単に読み書きできる時代に軽視される「文学」

昔の時代はどこの国でも、
言論も宗教の自由も認められていない。

その中で、
たった一つの「文章」を
創り出すために
多くの人間たちが命をかけて来た。

なぜなら、
これらの方々は、
たった一つの「文章」が、
どのくらいの力を秘め持つものなのか?

それを人々は、
理解していたからだ。

一方、
今の平和な時代を生きる僕たちは
どうなのだろうか?

今僕たちは、
言論の自由、宗教の自由という
環境下に生きることができている。

いつでもどこでも誰でも、
パソコンやスマホで
インターネットにアクセスすれば、
簡単にどんな文章にも
アクセスできる時代。

いかなる
文章を書いたり
文章を読んだり
したからと言って、
処刑されたりはしない。

言論の束縛からの自由
を手に入れてしまったからこそ、

そのありがたみというものを、
全く感じなくなって
しまっている人たちが多い状態。

ゆえに、
「文章」の持つ力というものを
軽視している方々が多いのでは無いだろうか?

僕たち民間の個人がアクセスできる
情報量というものが、
圧倒的に多くなっているので。

一つの情報に対する
ありがたみというものも、
かなり薄くなってしまっている。

けれども、
一つだけ言えることは、
そんな時代であっても。

たった一人の人間が書く「文章」が、
世の中に影響を与える力を
秘め持っているという事実だけは
残っていること。

たった一人の書く「文章」によって、
多くの仲間ができたり、
多くの敵ができたり、

多くの人たちをシアワセにしたり、
多くの人たちをフコウにしたり、

いまだ、
重厚なエネルギーを
秘め持っている存在が「文章」。

それを、
操る力を学ぶ学問が「文学」。

この「文学」の持つ
本当の力を理解できているかどうか?

使いこなせるかどうか?

たったのそれだけで、
人生の厚みには、
雲泥の差が出てしまう。

現役サラリーマンでありながら、
その力に気づいてしまったことによって、
個人としての限界突破を
図ることを実際に体験して来た僕。

その「文学」持つ本当の力を、
精神世界を共有できる
仲間たちにお伝えしたい。

そう強く思うようになったから、
僕は「文学」持つ力の意味や、
その使い方を伝承して行くために、

昨今、
盟友の平城寿@SOHOと共に、
『ひとり社長のための錬金術倶楽部』
の10時間合宿を行った次第である。

10時間合宿の案内文の中には、
『錬金術』とか、
「コピーライティング」とか、

「稼ぐ系」の
安易な単語を使わせて頂いているが。

一見すると、
どこにでもあるような、

「コピーライティングの
テクニックを身につければ
まるで錬金術をしたかのように、
楽して沢山お金を稼げるよ!」
的に理解されてしまうかもしれない。

皮肉なもので、
本来本当に伝えたいことを
フロントに置いてしまうと、
本当に誰からも理解されない。

「接点」としては
物資並びに現金欲的な、
安易な単語を並べなければ、
誰も見向きもしなくなる。

・・・という
矛盾が生じてしまうので、

「ギリギリの接点」として
使っているのであり。

この10時間合宿を通して、
僕がお話している内容は、

「コピーライティングの
テクニックを身につければ
まるで錬金術をしたかのように、
楽して沢山お金を稼げるよ!」

・・・というよりは、
そのさらに一歩だけ深い部分にある、
「人間と文学」の関係性。

『文学が人間に及ぼす壮大な影響力と使い方』
というような部分である。

僕は個人的に、
思うのである。

もしもこれを理解することが
できれば・・・

仮に金融資本主義という
しくみが崩壊してしまったとしても。

人間が「文章」を読める生き物である限り、
衣食住、仲間、異性・・・
まず自分自身が困ることは無い。

そして、何よりも、
キリスト教や仏教などの
宗教がそうしてきたように、
多くの人たちに、
自分が導きたい方向に
導くことができる。

そういう本質的な部分を
共に学びを深めてもらいたいなと
思うのである。

当然ながら、

「文学」の入り口としては、
その力をリアルに体感してもらうために、

お金が儲かる、稼げる、錬金だ!
という部分にも、
興味を持ってもらっても良いし、

「文学」の力を持って、
金融資本主義の中で、
実績を出してもらっても良いけれども。

それを一通り満たしてもらった後、
先々は、僕と共に「文学」を
一緒に哲学的に語り合える
仲間になってもらいたいな。

・・・と、
思うところが本音である。

・・・ということで、
これまで「インフォ系」で
あったような「コピーライティングノウハウ」
とは違った角度から
語らせて頂いた「文学」の使い方。

「文学」を使った、
商売(モノ・情報・サービス)の
販売方法からはじまり、
その先に続く道を。

約10時間かけて
お話させて頂くに至った。

今回の参加者にとって、
価値があったものなのか?
無いものなのか?

使いこなせるものなのか?
使いこなせないのか?

それは今日時点では、
ハッキリとはまだ良くわからないが。

合宿を受講された方々からの
感想としては次のようなものが
挙がってきているので
シェアさせて頂く。

参加者からの感想を
見て頂いた上で、

もしも今回の10時間合宿の中に、
僕たちの言う「文学」とは、
巷の「コピーライティングテクニック」の
類とは少し違うようだ・・・。

「まずは経済の部分で実績を出した後、
将来的に、文学や政治宗教を、
哲学的に語り合うのも楽しそうだ!」
・・・と思って頂ける場合は。

今回の「10時間」を収録した
音声・動画を入手頂き、
視聴頂けると嬉しい。

受講者の声

  • この記事を書いた人
真田孔明

真田孔明@文学錬金術師

『他では絶対聞けない!お金を増やす究極 のしくみ
』
(KADOKAWA/角川学芸出版社)著者

日本最大手玩具メーカー海外営業&マーケティング担当として働く傍ら、インターネット上のメルマガ、ブログ、SNSを介した運命調整(命名・世界観・キャラクター設定)に特化したビジネス・経営コンサルタントを開始。

これまで2万人を超えるビジネスマンたちの運命調整をすることで、年間億単位の収入を稼ぎ出す成幸者を多数排出してきた。

経済的な成幸を得た後は、華僑に伝わる「門」「命運のシナリオ」「男女陰陽太極図」を元にした四柱推命鑑定士としての運命調整力を武器に、現在人間関係の問題の解決をお手伝いするために、大富豪や仙人など「生きる伝説」たち直伝の戦略術が凝縮されている「帝王学」の研究と啓蒙活動を行っている。

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